『人為ミスで原発事故拡大 福島1年、IAEA天野氏
 
国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は10日、東京電力福島第1原発事故から1年を前に共同通信と単独会見し、事故拡大の背景に経済産業省原子力安全・保安院の東京電力に対する監督不足など「数々の人為的ミスがあった」と強調した。

 また、福島事故で世界の人々が原子力発電に「不安を感じたのは間違いない」と述べ、日本での新たな原発建設の可能性についても「国内世論が受け入れるような雰囲気にはないと感じている」と話した。』

 あの日からもう1年が経ったが,未曾有の災害だったというのは理解できても未だに私にはまったく実感がない.あの日は3月第2週目の金曜日だったが,地震を感じたのはちょうど今日のように仕事が暇になった午後だった.

 その後,テレビで今まで見たこともないような物凄い光景を見るにつけこれが東北の太平洋岸で起きている現実だということは理解できたのだが,それでもまったく実感がなく大変なことになったと思うだけだった.

 被害に遭ってしまった方々には申し訳ないが,私が直接影響を受けたのは食料品やガソリンが少し手に入りにくくなったのと,節電に心がけるようになったこと,TDRに行けるかどうかわからなくなったこと,そして僅かばかりの寄付をしたことぐらいだった.今となっては実質的にはほとんど影響がなかったと言っていいようなことばかりだ.

 しかし,その後に続いた原発事故への政府や東電の対応をニュースで知るようになると,何か言いようのない怒りのようなものがこみ上げて来て,その後の物事に対する考え方が大きく変わったような気が最近している.

 それは,自分の言動や行動にはきちんと責任を持たねばいけないとか,重要でないことに時間をかけないとか,リスクマネージメントに関することなどで以前よりもよりシビアに考えるようになったとか,そういうことだ.

 特に,ある分野の専門家と呼ばれる人達は自分の仕事に責任を持たねばならないということを強く感じるようになった.もちろん,普段からそれほど厳密にやらなくとも世の中は回っていくものだという考え方もあるだろうが,国民の安全にかかわるような仕事に携わる人はそれではいけないだろう.

 最近よく使われるのは『そんな政党や政治家を選んだ国民が悪い』という言い方であるが,これとて選挙の時の公約を果たしてくれると信じて投票しているのにそれを反故にするような政党や政治家に大部分の責任はあるのではないだろうか.

 利権まみれなのに安全神話をでっち上げて国策として進めてきた原発も同じようなものだろう.今まで安全と言い続けてきた人達は,国土を放射能汚染にさらした責任を一体どう考えているのだろうか.

 真実があとから見えてくることもよくあるが,「国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は10日、東京電力福島第1原発事故から1年を前に共同通信と単独会見し、事故拡大の背景に経済産業省原子力安全・保安院の東京電力に対する監督不足など「数々の人為的ミスがあった」と強調した。」というのはまさにそういう事だろう.

 いまだに東電の社長は正式に事故の謝罪をしないそうだが,それはすなわち自分たちの人為的ミスをいまだに認めようとしない姿勢の表れなのだろう.交通事故や医療事故で個人のミスには非常に厳しい口調で報道するマスコミも,相手が国や東電となるととたんに歯切れが悪くなるから信用されないのである.

 政治家からマスコミまで社会を動かして国民を守っていく立場の人達がちゃんと責任を持てない国が今の日本である.奇しくも東日本大震災という未曾有の災害がそれを白日のもとに晒すことになった.本当に日本が立ち直るためにはそれぞれの立場で個人が責任感を持って仕事をすることが必要だと思うのだが,ゆとり教育の弊害なのかみんなで固まってお茶を濁すようなのばかりだから先が心配になってくるのだ.

 それぞれの分野の専門家は,専門家ゆえにわかることを公表すべきだし,それをマスコミも正確に一般の人に伝えるべきではないのだろうか.たしか,薬害エイズの時も権威の前に屈して危険性をあえて述べなかった教授達がいたようだし,福島原発の安全性では都合の悪いデータを無視してあえてリスクを低く見積もった専門家がいたようだが,そんなことに迎合した専門家は自分の見識のなさを恥じるべきだろう.

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