『 -- お産ができない! 激減する産婦人科医 柳田邦男(やなぎだ・くにお) 「現論」 --
昨年春、島根県沖に浮かぶ隠岐の島を訪ねた。町民対象の隠岐学セミナーの講師を引き受けたのだが、島の人々の悩みごとを聞いて驚いた。
「来年(つまり今年)3月でこの島には産婦人科医が1人もいなくなるので、その先は島でお産ができなくなるのです」というのだ。
私は事態を想像し絶句した。自分がこの島の若者で伴侶が妊娠中だったら、と。出産の日を待つとは、みずみずしい期待感に胸がふくらむ思いの日々のはずだ。誰でも胎児の定期健診や出産を支えてくれる医療機関が身近にあるのをあたり前だと思っている。
島の若い世代は今後、どうするのか。隠岐の島々には約2万3000人が住んでいる。隠岐病院の産婦人科医は1人だけだった。年間に約130件の出産がある。つまり医師1人が毎月10件余りの出産を担当してきたのだが、高齢出産の増加により、難しい出産に直面することもある。
陣痛はいつ始まるかわからないから、医師は年間を通じて24時間態勢でいなければならない。難産後のケア、未熟児のケアもあれば、外来もある。息抜きもできない過労を強いられていた。最後まで頑張った医師が事情があって退職するというのだ。
▽米紙も報道
私はそのことが気になっていたので、最近になって、隠岐病院の運営に携わる人に聞いた。やはりこの4月から産婦人科は閉じられていた。
出産は松江や出雲などの総合病院に行かなければならない。本土まではフェリーで約2時間半、悪天候で欠航することが多い。出雲までの航空便は1日1便で満席が多い。妊婦は1カ月位前から、本土に渡り、宿泊先で待機しなければならない。もう1人子がいると大変だ。経済的にも精神的にも負担が大きい。
町では急ぎ予算を組んで、本土での出産者に宿代・交通費として1人17万円を補助している。今年4月から11月までの出産者と出産予定者は70人に達している。この日本の異常さは、最近アメリカのワシントン・ポスト紙にルポ記事として大きく報道された。
この国は壊れつつある。続発する高級官僚、銀行、新興投資企業、一流企業などの不正事件や、若者や少年少女の凶悪事件。その報道に接する度に、そう感じる。そこに、「安心して子どもを産み育てられる」ための基盤さえが壊れ始めたのだ。
▽逮捕の衝撃
産婦人科医の減少が加速している。高齢出産などによる異常分娩(ぶんべん)や障害児出産の増加の中で、産婦人科医が医療ミスを提訴される例が全診療科の中で一番多いため、若い医師が産婦人科医になりたがらないのだ。とくに昨年福島県で帝王切開のミスを問われた医師が逮捕、起訴された事件は、研修医や医学生に衝撃を与えた。悪意でないのに凶悪事件と同じに扱われるのはいやだと。
毎年4月に全国の大学病院産婦人科に入局する新人医師数は、3年前までは300人前後だったが、今年は100人近くも激減し213人だった。大学病院の産婦人科は自らの診療態勢の維持が精いっぱいで、地域への医師派遣に苦労している。
産婦人科医が過労に陥らずに安定した診療を行うには、1病院に常勤医が2人以上必要だ。だが、大学病院以外の病院・診療所の産婦人科医数は昨年7月現在で、1施設当たり平均1.74人。1人きりの施設が多い。しかも、全国の産婦人科医の4分の1は60歳以上。10年後を考えると、慄然(りつぜん)とする。
隠岐の島では町長らが医師探しに奔走した結果、県立病院が産婦人科医を増やして、今年11月から隠岐病院に2人常勤態勢で派遣することになった。1人は海外で勤務中の島根出身の女医で、ネットで事情を知り、帰国を決意したという。
隠岐の島の事態は全国に共通する。安心して子を産めない地域は若者に見捨てられ、荒廃する。それは国土と精神の荒廃につながる。この国は言葉では郷土愛を謳(うた)うけれど、未来を担ういのちの誕生を、本気で大事に考えているのか。国の少子化対策は、この問題を視野に入れていない。出生率低下は進むばかりだろう。国、自治体、医療界、医学教育界が挙げて取り組まなければ、手遅れになる。』
原文がどのような物なのかはこの記事からはわからないが,少なくとも少子化問題と診療科による医師減少問題と僻地からの医師引き上げ問題が隠岐病院の産婦人科医を典型例として解説されているように読める.だが,本来これらは別々の問題である.
少子化は根本的に医療の問題ではないと考えるので今回はコメントしないが,診療科による不人気度では脳外科>外科>(小児科)>整形外科>産婦人科の順であり産婦人科はまだましな方である.それに産婦人科が不人気な最大の理由は今回の逮捕ではなく,もともと医療訴訟が最も多い診療科であることであろう.その次が人手不足による過重労働ではないだろうか.
僻地からの医師引き上げも産婦人科に限ったことではないし,離島どころか地方都市でさえも大学による医師引き上げが起きているのが現実である.この最大の理由は新しい臨床研修制度であることは明らかである.それでも派遣医師たちは少ない人数で過重労働に耐えながら地域の医療レベルを下げないように努力してきたことをまず最初に評価するべきである.そうでなければ現在も地方病院で頑張っている派遣医師たちはさらにやる気を失っていくことだろう.
今回の産婦人科医逮捕は晴天の霹靂だったろうが,これに端を発した医師の集約化というのは上記の慢性的な医師不足で疲弊していた産婦人科医にとってはまさに渡りに船だったのではないだろうか.医療の安全確保を合言葉に今後は上記の不人気診療科で同様の医師集約化が公然と進むにちがいない.これが現状で医療界,医学教育界がとり得る最善策であるからである.
この国は未来を担ういのちどころか,過去を担ってきたいのちも現在を担っているいのちさえも医療費抑制という一言で切り捨てようとしている国なのです.財務省,厚生労働省は医療だけでなく地方財政そのものを切り捨てようとしているのではないでしょうか.医療機関は度重なる診療報酬の減額で自分自身の生き残りに必死ですし,医学教育界も問題になっている診療科は臨床研修制度のおかげで大学で教育にあたる医師の確保さえも困難になりつつあるのにこれ以上なにができるというのでしょうか.
自分が病気になるまで,そして後遺障害で寝たきりの家族でもいないことには病院や医師の役割を真剣に考える人はいないでしょうが,柳田邦男様のような見識のある方に医療問題の実態を現場でより多角的に取材していただき,マスコミのような偏った論調ではなく,医療問題の真実を国民に伝えていただきたいものです.国も自治体も医療界も医学教育界もあてにならない現在,国民自らが危機意識を持って声を上げてもらわないことにはどうにもならないのではないかと思いますが,いかがでしょうか.
昨年春、島根県沖に浮かぶ隠岐の島を訪ねた。町民対象の隠岐学セミナーの講師を引き受けたのだが、島の人々の悩みごとを聞いて驚いた。
「来年(つまり今年)3月でこの島には産婦人科医が1人もいなくなるので、その先は島でお産ができなくなるのです」というのだ。
私は事態を想像し絶句した。自分がこの島の若者で伴侶が妊娠中だったら、と。出産の日を待つとは、みずみずしい期待感に胸がふくらむ思いの日々のはずだ。誰でも胎児の定期健診や出産を支えてくれる医療機関が身近にあるのをあたり前だと思っている。
島の若い世代は今後、どうするのか。隠岐の島々には約2万3000人が住んでいる。隠岐病院の産婦人科医は1人だけだった。年間に約130件の出産がある。つまり医師1人が毎月10件余りの出産を担当してきたのだが、高齢出産の増加により、難しい出産に直面することもある。
陣痛はいつ始まるかわからないから、医師は年間を通じて24時間態勢でいなければならない。難産後のケア、未熟児のケアもあれば、外来もある。息抜きもできない過労を強いられていた。最後まで頑張った医師が事情があって退職するというのだ。
▽米紙も報道
私はそのことが気になっていたので、最近になって、隠岐病院の運営に携わる人に聞いた。やはりこの4月から産婦人科は閉じられていた。
出産は松江や出雲などの総合病院に行かなければならない。本土まではフェリーで約2時間半、悪天候で欠航することが多い。出雲までの航空便は1日1便で満席が多い。妊婦は1カ月位前から、本土に渡り、宿泊先で待機しなければならない。もう1人子がいると大変だ。経済的にも精神的にも負担が大きい。
町では急ぎ予算を組んで、本土での出産者に宿代・交通費として1人17万円を補助している。今年4月から11月までの出産者と出産予定者は70人に達している。この日本の異常さは、最近アメリカのワシントン・ポスト紙にルポ記事として大きく報道された。
この国は壊れつつある。続発する高級官僚、銀行、新興投資企業、一流企業などの不正事件や、若者や少年少女の凶悪事件。その報道に接する度に、そう感じる。そこに、「安心して子どもを産み育てられる」ための基盤さえが壊れ始めたのだ。
▽逮捕の衝撃
産婦人科医の減少が加速している。高齢出産などによる異常分娩(ぶんべん)や障害児出産の増加の中で、産婦人科医が医療ミスを提訴される例が全診療科の中で一番多いため、若い医師が産婦人科医になりたがらないのだ。とくに昨年福島県で帝王切開のミスを問われた医師が逮捕、起訴された事件は、研修医や医学生に衝撃を与えた。悪意でないのに凶悪事件と同じに扱われるのはいやだと。
毎年4月に全国の大学病院産婦人科に入局する新人医師数は、3年前までは300人前後だったが、今年は100人近くも激減し213人だった。大学病院の産婦人科は自らの診療態勢の維持が精いっぱいで、地域への医師派遣に苦労している。
産婦人科医が過労に陥らずに安定した診療を行うには、1病院に常勤医が2人以上必要だ。だが、大学病院以外の病院・診療所の産婦人科医数は昨年7月現在で、1施設当たり平均1.74人。1人きりの施設が多い。しかも、全国の産婦人科医の4分の1は60歳以上。10年後を考えると、慄然(りつぜん)とする。
隠岐の島では町長らが医師探しに奔走した結果、県立病院が産婦人科医を増やして、今年11月から隠岐病院に2人常勤態勢で派遣することになった。1人は海外で勤務中の島根出身の女医で、ネットで事情を知り、帰国を決意したという。
隠岐の島の事態は全国に共通する。安心して子を産めない地域は若者に見捨てられ、荒廃する。それは国土と精神の荒廃につながる。この国は言葉では郷土愛を謳(うた)うけれど、未来を担ういのちの誕生を、本気で大事に考えているのか。国の少子化対策は、この問題を視野に入れていない。出生率低下は進むばかりだろう。国、自治体、医療界、医学教育界が挙げて取り組まなければ、手遅れになる。』
原文がどのような物なのかはこの記事からはわからないが,少なくとも少子化問題と診療科による医師減少問題と僻地からの医師引き上げ問題が隠岐病院の産婦人科医を典型例として解説されているように読める.だが,本来これらは別々の問題である.
少子化は根本的に医療の問題ではないと考えるので今回はコメントしないが,診療科による不人気度では脳外科>外科>(小児科)>整形外科>産婦人科の順であり産婦人科はまだましな方である.それに産婦人科が不人気な最大の理由は今回の逮捕ではなく,もともと医療訴訟が最も多い診療科であることであろう.その次が人手不足による過重労働ではないだろうか.
僻地からの医師引き上げも産婦人科に限ったことではないし,離島どころか地方都市でさえも大学による医師引き上げが起きているのが現実である.この最大の理由は新しい臨床研修制度であることは明らかである.それでも派遣医師たちは少ない人数で過重労働に耐えながら地域の医療レベルを下げないように努力してきたことをまず最初に評価するべきである.そうでなければ現在も地方病院で頑張っている派遣医師たちはさらにやる気を失っていくことだろう.
今回の産婦人科医逮捕は晴天の霹靂だったろうが,これに端を発した医師の集約化というのは上記の慢性的な医師不足で疲弊していた産婦人科医にとってはまさに渡りに船だったのではないだろうか.医療の安全確保を合言葉に今後は上記の不人気診療科で同様の医師集約化が公然と進むにちがいない.これが現状で医療界,医学教育界がとり得る最善策であるからである.
この国は未来を担ういのちどころか,過去を担ってきたいのちも現在を担っているいのちさえも医療費抑制という一言で切り捨てようとしている国なのです.財務省,厚生労働省は医療だけでなく地方財政そのものを切り捨てようとしているのではないでしょうか.医療機関は度重なる診療報酬の減額で自分自身の生き残りに必死ですし,医学教育界も問題になっている診療科は臨床研修制度のおかげで大学で教育にあたる医師の確保さえも困難になりつつあるのにこれ以上なにができるというのでしょうか.
自分が病気になるまで,そして後遺障害で寝たきりの家族でもいないことには病院や医師の役割を真剣に考える人はいないでしょうが,柳田邦男様のような見識のある方に医療問題の実態を現場でより多角的に取材していただき,マスコミのような偏った論調ではなく,医療問題の真実を国民に伝えていただきたいものです.国も自治体も医療界も医学教育界もあてにならない現在,国民自らが危機意識を持って声を上げてもらわないことにはどうにもならないのではないかと思いますが,いかがでしょうか.
コメント
両立できる環境が整わないといっそう進むでしょうね。
特に、工場で働いていると、1人欠けるだけで他の人に
よけいな負担がかかりますし、上司もいい顔しないと
いうことがあって、子供のために休暇をとりづらいのが
現実です。ウチは独身時代は有給が有り余っていたのに、
子供ができた途端にやれ、検診だの、やれ、予防注射
だの、学校に上がれば上がったで授業参観に懇談会、
通知簿渡しでみるみるうちに有給が減りましたよ。
上司から模範を示さないといつまでも子育ては女性の
仕事という意識はかわらないでしょうね。