私の患者さんに脊髄損傷で四肢麻痺のため寝たきりになった70歳くらいの女性がいる.もう何年も寝たきりで食事は胃漏からの経管栄養.楽しみは午後の面会と夕方のテレビドラマと相撲くらいしかない.そして,回診で私と話すのを首を長くして待っているらしい.

 この女性と話しながら窓の外に目をやるとそこには街と自然がパノラマのように広がっている.移り行く季節の話題からいつも会話は始まる.そして世間話になり医療の話になる.時々は最後に自分の身の上話.「これは運命だと思ってあきらめています.」というのを何度か聞いた.もっとたくさん半分愚痴のようなものも聞いたかもしれないが,忘れてしまった.その話の頃には私は窓の外を眺めながらいつも自分や医療がこの先どうなるのかとぼんやり考えていた.

 介護保険制度ができた頃から医療業界は明らかに変わってきたと思う.その頃,在宅医療にかかわり自宅で長期療養している患者さんの家族の話をよく聞いた.経過の長い人の家族は公的扶助制度や介護の技術について私の想像を超える知識を持っていた.しかし,介護保険で状況が改善したという声は聞いたことがない.見かけ上サービスの種類は増えたが,かえって不自由になったり採算性から過疎地域では提供を受けられないものもあった.

 名義貸し事件で医局を中心とする医師派遣制度にも嵐が吹き荒れた.医局を離れる医師が増え地方の公立病院からの撤退が始まったのが3年ほど前である.医局を辞めてクリニック開業するものが出たり,医師紹介業なるものの広告が目立つようになったのもこの頃からである.医局をやめて医局の派遣先だったところに自分の意思でとどまる医師もいて医局の研修ローテーションは崩れ去った. 

 東京女子医大事件以降は医療事故での医師への責任追及やマスコミの医師へのバッシングとも思えるような報道が強くなった.医療不信の声が大きくなると共に防衛医療という言葉がネット上の医師の間でささやかれるようになった.毎日のように医療訴訟が報道されるようになり医療不信は患者不信を引き起こし医師と患者の間の溝をさらに広く深いものにしている.

 小泉改革という言葉が聞こえるようになってからは診療報酬の改定は医療費削減だけが目標のようになった.手術症例数と治療成績は相関するなどという地方で頑張っている外科医にとって心外な評価で診療報酬が削減されるようになり,外科医のプライドは打ち砕かれた.もう撤回されたが,失われた外科医のやる気はもう回復することはないだろう.

 最近の福島の産婦人科医師逮捕と療養型病床削減で初めて現場の医師たちや患者を抱える家族の声が世の中に聞こえるようになってきている.医師と患者の間の溝を埋め,行政の怠慢や横暴を非難するのでなければ今後の医療は進歩どころか矮小なものに変質してしまうという危機感が国民の中にも芽生えるのだろうか.

 これからも「病室の窓から見えるもの」を私といっしょに考えてくれる人が増えてくれれば,今日の日記にも少しは価値があったということになるかもしれない.

コメント

nophoto
はなまめ
2006年3月27日17:21

はじめまして。

私は一市民、一患者ではありますが....
この頃の世の中の流れに不安を感じずにはいられません。
家族が病気とは縁深く、医療というものを身近に感じ、お世話になった諸先生、スタッフの方々には感謝の念が絶えません。
医療スタッフの方々とは共に向き合う同志、互いを思いやりながら築きあげる関係でありたい。
最近のマスコミ報道等によりその在り方さえもが壊されていく様でたまらない気持ちになります。末端にいる者の声なかなか上まで届きません。

今後もお邪魔させていただきます。。。

うらら
うらら
2006年3月27日19:36

こんばんわ。ナースであり、患者家族であるものです。
4月から、また診療報酬が変わり、個人病院では大きく変化が出てくることが予想されます。大きな病院でも、変化が見られるのでしょうが、小さなところでは、大打撃。
どこを一番大事にしなくちゃいけないのか、目的を失った制度では、もちろん現在の医療福祉の現場がよくなるわけもありません。
医療者側も、患者側もお金のことを気にしながらの治療、介護、行き詰るのは当然なのに。。。
現場の声、なかなか行政に取り上げてはもらえないものですね。

nophoto
ひる行灯
2006年4月5日8:55

 おはようございます。
 いつも読ませていただいて、そしていつも考えるきっかけをいただいていますので、初めてでないような感じです。
 ここに寄らせていただく度に、今の私にできることは何だろうと考えています。

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索