脳卒中患者へのビタミンEの投与について
2005年11月26日 医療の問題『--NCP Cardiovascular Medicine 2005年10月号 Vol.2 No.10
ビタミンEは心血管イベントと癌を予防できるか --
原論文
The HOPE and HOPE-TOO trial investigators (2005) Effects of long-term vitamin E supplementation on cardiovascular events and cancer. JAMA 293: 1338-1347
PRACTICE POINT(診断のポイント)
確立した冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳卒中の既往、または糖尿病を有する患者に対し、ビタミンEを投与すべきではない。
BACKGROUND(背景)
心血管イベントおよび癌の予防と、ビタミンEとの関連は、実験動物や疫学的データで示されているにもかかわらず、臨床試験では現在までのところ明らかにされていない。エビデンスが不足しているのは、試験期間の相対的な短さに原因があるかもしれない。
OBJECTIVE(目的)
心血管イベント、癌、および癌関連死亡と、長期間のビタミンE摂取との関連を調査すること。
DESIGN & INTERVENTION(デザインと介入)
国際二重盲検試験Heart Outcomes Prevention Evaluation(HOPE)試験の対象は、脳卒中の病歴、冠血管疾患か末梢血管疾患の既往、または1つ以上の心血管危険因子を伴う糖尿病を有する55歳以上の患者であった。除外基準は、過去4週間の心不全、管理されていない高血圧、心筋梗塞、脳卒中、および過去または現在継続中のビタミンE摂取あるいはアンギオテンシン変換酵素阻害薬使用であった。適格患者をビタミンE 400IU毎日投与群またはプラセボ群のいずれかに、またramipril10mg投与群またはプラセボ群のいずれかに無作為に割り付けた。実施施設が継続参加を決定した場合、試験期間を延長し、同意の得られた患者に対して2003年5月まで、ビタミンE 400IUまたはプラセボの毎日投与を継続した。これがHOPE-The Ongoing Outcomes(HOPE-TOO)試験である。解析はすべてintention to treatによって行った。
OUTCOME MEASURES(評価項目)
一次評価項目は、癌、癌関連死亡、および脳卒中・心筋梗塞・心血管関連死亡の複合とした。心血管疾患の副次的評価項目は、心不全、入院を要する不安定狭心症、うっ血の臨床症状を伴う入院を要する心不全、および全死因死亡などとした。
RESULTS(結果)
最初のHOPE試験の参加患者は9,541例であったが、このうち4,761例をビタミンE群に、4,780例をプラセボ群に割り付けた。このうち7,030例がHOPE-TOO延長試験の参加に同意し、3,520例にビタミンE投与を、3,510例にプラセボ投与を継続した。最初のHOPE試験と延長試験において、癌と癌関連死亡の発生率は両投与群間で有意差はなかった。主要心血管イベントの発生数はビタミンE摂取の影響を受けず、HOPEではビタミンE群の1,022件に対してプラセボ群985件(P=0.34)、HOPE-TOOではビタミンE群の807件に対してプラセボ群769件であった(P=0.31)。さらに脳卒中、心筋梗塞、心血管関連死亡、入院を要する不安定狭心症、血行再建術、および全死因死亡の個別の発生率に関して有意差はなかった。しかしHOPEとHOPE-TOOの双方において、心不全と心不全による入院の発生率は、ビタミンE投与患者のほうがプラセボ投与患者より高かった(心不全の相対リスクは、HOPEでは1.13、95%CI 1.01〜1.26、P=0.03、HOPE-TOOでは1.19、95%CI 1.05〜1.35、P=0.007)。
CONCLUSION(結論)
血管疾患患者と糖尿病患者にビタミンEを長期投与しても、主要な心血管イベント、癌、および癌関連死亡の発生率は低下しなかった。とくにビタミンEは心不全と心不全による入院の発生数を増加させ、さらなる調査の必要性が浮き彫りになった。
COMMENTARY(解説)
Julian D Widder and David G Harrison*
基礎研究によると、酸化的傷害はアテローム性動脈硬化症をもたらすあらゆるイベントを助長し、また高血圧症、心筋梗塞、心不全の一因にもなっている1。培養細胞や実験動物を用いたこれまでの試験から、抗酸化ビタミンはヒトにおける心血管疾患を減少させるという仮定は妥当であると考えられていた。残念ながら、最初のHOPE試験、Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell’Infarto Miocardico(GISSI)Prevenzione試験、また近ごろのHeart Protection Studyなどの最近行われたいくつかの臨床試験では、共通して用いられた抗酸化物質の効果を示すことはできなかった。そして今度は、HOPE-TOO試験の驚くべき予想外の結果が明らかになった。すなわち、ビタミンEは、実は心不全の発生数を増加させたのである。ビタミンEが有害である可能性が示唆されたのはこれが最初ではない。19の臨床試験について最近行われたメタアナリシスによると、ビタミンEの1日量が少ない場合は(400IU未満)効果は不明であったが、1日量が多ければ(400IU超)死亡率が上昇した。
臨床試験において、ビタミンEが心血管疾患の予防に効果がない理由は容易に想像できる。たとえば、ビタミンEは病原性を有するラジカルを捕捉しない、酸化ストレスは疾患に関与しない、ビタミンEの投与量が間違っていた、などが考えられる。しかし、なぜビタミンEによって患者の転帰は悪化するのであろうか。これについては推測する以外にないが、ビタミンEの化学的特性の一部を考慮することが役立つであろう。ラジカルとビタミンEの反応によりビタミンEラジカル(tocopheroxyl radical)が形成されるが、これは酸化促進効果をもちうる3。ビタミンEラジカルはビタミンCのような共抗酸化物質(coantioxidant)によってトコフェロールにリサイクルされる。しかし、この過程の有効性はin vivo下ではまだ証明されておらず、ラジカルの産生が抑制されない場合は、せいぜい内在性のビタミンCや他の抗酸化物質が消費されるだけであろう。さらに、一部の活性酸素種は有益なシグナル特性をもっており、ビタミンEがこれらを取り除くことで体に害がもたらされる可能性がある。
合成型ビタミンEと天然型ビタミンEの利益の比較に関して論争がある。この論争の中心には、天然型ビタミンEは有益であるのに対し、合成型ビタミンEは有害かもしれないという前提がある。HOPE-TOO試験では天然源由来のビタミンEが用いられたが、それでもなお有害作用がみられた。これは天然型でさえ有益ではないことを示唆する。これに関連して、αトコフェロールの問題もある。αトコフェロールは臨床試験でしばしば用いられ、天然由来のビタミンEの主流を成しているが、これを投与すると組織からγトコフェロールが排除される。γトコフェロールは、酸化的傷害において重要な役割を演じるペルオキシ亜硝酸イオンの捕捉にとくに有効であるため、γトコフェロールの排除は問題である。
驚くべきHOPE-TOOの結果に対してどのような解釈をしようとも、重要な結論は変わらない。すなわち、ビタミンEは、確立した冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳卒中の既往、または糖尿病を有する患者への適応はなく、これらの患者に投与すべきではない。総合ビタミン剤にわずかに含まれる場合(おそらく1日50IU未満)を除き、これらの患者にはビタミンEを摂取するのをやめさせるべきである。一般集団におけるビタミンEの利用については、その有効性はまだ証明されておらず、慎重な研究が必要である。 Copyright Nature Publishing Group 2005. All Rights Reserved. 』
ビタミンEについては2004年11月12日の日記に書いた.当時の日記を参照されたい.
脳外科医としては冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳卒中の既往、または糖尿病を有する患者へのビタミンE投与はもう中止するべきだと思う.
また,国内での健康食品やサプリメントについても注意や規制が必要なのではないだろうか.厚生労働省はこの件にどういう対応をするのか注意してみる必要もあるだろう.
ビタミンEは心血管イベントと癌を予防できるか --
原論文
The HOPE and HOPE-TOO trial investigators (2005) Effects of long-term vitamin E supplementation on cardiovascular events and cancer. JAMA 293: 1338-1347
PRACTICE POINT(診断のポイント)
確立した冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳卒中の既往、または糖尿病を有する患者に対し、ビタミンEを投与すべきではない。
BACKGROUND(背景)
心血管イベントおよび癌の予防と、ビタミンEとの関連は、実験動物や疫学的データで示されているにもかかわらず、臨床試験では現在までのところ明らかにされていない。エビデンスが不足しているのは、試験期間の相対的な短さに原因があるかもしれない。
OBJECTIVE(目的)
心血管イベント、癌、および癌関連死亡と、長期間のビタミンE摂取との関連を調査すること。
DESIGN & INTERVENTION(デザインと介入)
国際二重盲検試験Heart Outcomes Prevention Evaluation(HOPE)試験の対象は、脳卒中の病歴、冠血管疾患か末梢血管疾患の既往、または1つ以上の心血管危険因子を伴う糖尿病を有する55歳以上の患者であった。除外基準は、過去4週間の心不全、管理されていない高血圧、心筋梗塞、脳卒中、および過去または現在継続中のビタミンE摂取あるいはアンギオテンシン変換酵素阻害薬使用であった。適格患者をビタミンE 400IU毎日投与群またはプラセボ群のいずれかに、またramipril10mg投与群またはプラセボ群のいずれかに無作為に割り付けた。実施施設が継続参加を決定した場合、試験期間を延長し、同意の得られた患者に対して2003年5月まで、ビタミンE 400IUまたはプラセボの毎日投与を継続した。これがHOPE-The Ongoing Outcomes(HOPE-TOO)試験である。解析はすべてintention to treatによって行った。
OUTCOME MEASURES(評価項目)
一次評価項目は、癌、癌関連死亡、および脳卒中・心筋梗塞・心血管関連死亡の複合とした。心血管疾患の副次的評価項目は、心不全、入院を要する不安定狭心症、うっ血の臨床症状を伴う入院を要する心不全、および全死因死亡などとした。
RESULTS(結果)
最初のHOPE試験の参加患者は9,541例であったが、このうち4,761例をビタミンE群に、4,780例をプラセボ群に割り付けた。このうち7,030例がHOPE-TOO延長試験の参加に同意し、3,520例にビタミンE投与を、3,510例にプラセボ投与を継続した。最初のHOPE試験と延長試験において、癌と癌関連死亡の発生率は両投与群間で有意差はなかった。主要心血管イベントの発生数はビタミンE摂取の影響を受けず、HOPEではビタミンE群の1,022件に対してプラセボ群985件(P=0.34)、HOPE-TOOではビタミンE群の807件に対してプラセボ群769件であった(P=0.31)。さらに脳卒中、心筋梗塞、心血管関連死亡、入院を要する不安定狭心症、血行再建術、および全死因死亡の個別の発生率に関して有意差はなかった。しかしHOPEとHOPE-TOOの双方において、心不全と心不全による入院の発生率は、ビタミンE投与患者のほうがプラセボ投与患者より高かった(心不全の相対リスクは、HOPEでは1.13、95%CI 1.01〜1.26、P=0.03、HOPE-TOOでは1.19、95%CI 1.05〜1.35、P=0.007)。
CONCLUSION(結論)
血管疾患患者と糖尿病患者にビタミンEを長期投与しても、主要な心血管イベント、癌、および癌関連死亡の発生率は低下しなかった。とくにビタミンEは心不全と心不全による入院の発生数を増加させ、さらなる調査の必要性が浮き彫りになった。
COMMENTARY(解説)
Julian D Widder and David G Harrison*
基礎研究によると、酸化的傷害はアテローム性動脈硬化症をもたらすあらゆるイベントを助長し、また高血圧症、心筋梗塞、心不全の一因にもなっている1。培養細胞や実験動物を用いたこれまでの試験から、抗酸化ビタミンはヒトにおける心血管疾患を減少させるという仮定は妥当であると考えられていた。残念ながら、最初のHOPE試験、Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell’Infarto Miocardico(GISSI)Prevenzione試験、また近ごろのHeart Protection Studyなどの最近行われたいくつかの臨床試験では、共通して用いられた抗酸化物質の効果を示すことはできなかった。そして今度は、HOPE-TOO試験の驚くべき予想外の結果が明らかになった。すなわち、ビタミンEは、実は心不全の発生数を増加させたのである。ビタミンEが有害である可能性が示唆されたのはこれが最初ではない。19の臨床試験について最近行われたメタアナリシスによると、ビタミンEの1日量が少ない場合は(400IU未満)効果は不明であったが、1日量が多ければ(400IU超)死亡率が上昇した。
臨床試験において、ビタミンEが心血管疾患の予防に効果がない理由は容易に想像できる。たとえば、ビタミンEは病原性を有するラジカルを捕捉しない、酸化ストレスは疾患に関与しない、ビタミンEの投与量が間違っていた、などが考えられる。しかし、なぜビタミンEによって患者の転帰は悪化するのであろうか。これについては推測する以外にないが、ビタミンEの化学的特性の一部を考慮することが役立つであろう。ラジカルとビタミンEの反応によりビタミンEラジカル(tocopheroxyl radical)が形成されるが、これは酸化促進効果をもちうる3。ビタミンEラジカルはビタミンCのような共抗酸化物質(coantioxidant)によってトコフェロールにリサイクルされる。しかし、この過程の有効性はin vivo下ではまだ証明されておらず、ラジカルの産生が抑制されない場合は、せいぜい内在性のビタミンCや他の抗酸化物質が消費されるだけであろう。さらに、一部の活性酸素種は有益なシグナル特性をもっており、ビタミンEがこれらを取り除くことで体に害がもたらされる可能性がある。
合成型ビタミンEと天然型ビタミンEの利益の比較に関して論争がある。この論争の中心には、天然型ビタミンEは有益であるのに対し、合成型ビタミンEは有害かもしれないという前提がある。HOPE-TOO試験では天然源由来のビタミンEが用いられたが、それでもなお有害作用がみられた。これは天然型でさえ有益ではないことを示唆する。これに関連して、αトコフェロールの問題もある。αトコフェロールは臨床試験でしばしば用いられ、天然由来のビタミンEの主流を成しているが、これを投与すると組織からγトコフェロールが排除される。γトコフェロールは、酸化的傷害において重要な役割を演じるペルオキシ亜硝酸イオンの捕捉にとくに有効であるため、γトコフェロールの排除は問題である。
驚くべきHOPE-TOOの結果に対してどのような解釈をしようとも、重要な結論は変わらない。すなわち、ビタミンEは、確立した冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳卒中の既往、または糖尿病を有する患者への適応はなく、これらの患者に投与すべきではない。総合ビタミン剤にわずかに含まれる場合(おそらく1日50IU未満)を除き、これらの患者にはビタミンEを摂取するのをやめさせるべきである。一般集団におけるビタミンEの利用については、その有効性はまだ証明されておらず、慎重な研究が必要である。 Copyright Nature Publishing Group 2005. All Rights Reserved. 』
ビタミンEについては2004年11月12日の日記に書いた.当時の日記を参照されたい.
脳外科医としては冠動脈疾患、末梢血管疾患、脳卒中の既往、または糖尿病を有する患者へのビタミンE投与はもう中止するべきだと思う.
また,国内での健康食品やサプリメントについても注意や規制が必要なのではないだろうか.厚生労働省はこの件にどういう対応をするのか注意してみる必要もあるだろう.
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