『--蘇生措置断念も 末期がん、患者の同意で 尊厳死議論に一石 厚労省研究班、初の報告書--
終末期医療の在り方を検討している厚生労働省の研究班(主任研究者・林謙治(はやし・けんじ)国立保健医療科学院次長)は、末期のがん患者で心臓や呼吸が停止した際の蘇生(そせい)措置は、あらかじめ書面で本人や家族の同意を得ていれば、必ずしも行う必要がないとする初の報告書を、29日までにまとめた。
ただ、既に装着している人工呼吸器などの生命維持装置の停止を医師らに求めるのは、現状では困難だとした。
過剰な延命措置を拒否する尊厳死を一部容認する内容と言え、明確な基準のなかった終末期医療の在り方や尊厳死をめぐる議論に一石を投じそうだ。
研究班は今後、がん以外の病気についても検討し、延命治療の具体的手順を示した指針をまとめる方針。
がんの末期段階で心肺停止になった場合、心臓マッサージや投薬で蘇生を試みるケースが多い。しかし、蘇生しても間もなく死亡する例がほとんどで、蘇生措置は「家族が臨終に間に合うための過剰な措置で、儀式のようなもの」という意見もある。
報告書は、治療を尽くした上で複数の医師が回復する見込みがないと判断した場合、医師が蘇生措置の目的や結果を患者や家族に分かりやすい文書で説明し、書面で同意が得られたときは、必ずしも蘇生措置を行う必要はないとした。
一方で、延命措置として人工呼吸や点滴による水分、栄養の補給が行われている患者に対し、これらを中止するような「司法判断を越える医療行為を、医療従事者に求めるのは困難」とした。
また、質の高いケアを提供するようにとも提唱。「治療の手だてがない」と見放されがちだった末期がんに対しても、何回も病態の把握を行うとともに、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)を得ながら、治療の差し控えや緩和医療などを選択するよう求めている。
研究班は昨年、医学や看護、法律などの専門家をメンバーに発足した。』
人間は皆等しく尊厳を持った死を迎える権利があるというのが正しい倫理観だと私は思う.がんの末期段階で心肺停止になった場合、心臓マッサージや投薬で蘇生を試みるケースが多いとはいったいどういうことなのだろうか.
患者が助けてくれと言うわけはない.では,家族が泣き喚いて医師に延命を懇願するのであろうか.急性発症の病気や事故の救命ならともかくも末期の死を待つのみのがん患者であれば,静かで安楽な死を迎えさせることこそが医師の務めであろう.
ならば「本人や家族の同意を得ていれば、蘇生を必ずしも行う必要がない」ではなく「本人や家族の希望と同意がある場合にのみ蘇生を試みる必要がある」が本来の医療の姿なのではないだろうか.
もうひとつ忘れてならないのは経済的側面である.蘇生措置を行うと黙って見送るよりもはるかに病院にとっては経済効果が高いということである.蘇生してもまもなく死亡するのがわかっていながら高価な薬品を使用し人工呼吸器を装着したあげくにICUに入れるなど死へ旅立つ者から身ぐるみを剥ぐような行為のような気がする.病院経営者には喜ばれるだろうが,これが医師の仕事であろうか.
まだまだ議論を尽くす必要があると思うが,とりあえずがん以外の病気についても延命治療の具体的手順を示した指針ができることには概ね賛成の立場である.
終末期医療の在り方を検討している厚生労働省の研究班(主任研究者・林謙治(はやし・けんじ)国立保健医療科学院次長)は、末期のがん患者で心臓や呼吸が停止した際の蘇生(そせい)措置は、あらかじめ書面で本人や家族の同意を得ていれば、必ずしも行う必要がないとする初の報告書を、29日までにまとめた。
ただ、既に装着している人工呼吸器などの生命維持装置の停止を医師らに求めるのは、現状では困難だとした。
過剰な延命措置を拒否する尊厳死を一部容認する内容と言え、明確な基準のなかった終末期医療の在り方や尊厳死をめぐる議論に一石を投じそうだ。
研究班は今後、がん以外の病気についても検討し、延命治療の具体的手順を示した指針をまとめる方針。
がんの末期段階で心肺停止になった場合、心臓マッサージや投薬で蘇生を試みるケースが多い。しかし、蘇生しても間もなく死亡する例がほとんどで、蘇生措置は「家族が臨終に間に合うための過剰な措置で、儀式のようなもの」という意見もある。
報告書は、治療を尽くした上で複数の医師が回復する見込みがないと判断した場合、医師が蘇生措置の目的や結果を患者や家族に分かりやすい文書で説明し、書面で同意が得られたときは、必ずしも蘇生措置を行う必要はないとした。
一方で、延命措置として人工呼吸や点滴による水分、栄養の補給が行われている患者に対し、これらを中止するような「司法判断を越える医療行為を、医療従事者に求めるのは困難」とした。
また、質の高いケアを提供するようにとも提唱。「治療の手だてがない」と見放されがちだった末期がんに対しても、何回も病態の把握を行うとともに、インフォームドコンセント(十分な説明と同意)を得ながら、治療の差し控えや緩和医療などを選択するよう求めている。
研究班は昨年、医学や看護、法律などの専門家をメンバーに発足した。』
人間は皆等しく尊厳を持った死を迎える権利があるというのが正しい倫理観だと私は思う.がんの末期段階で心肺停止になった場合、心臓マッサージや投薬で蘇生を試みるケースが多いとはいったいどういうことなのだろうか.
患者が助けてくれと言うわけはない.では,家族が泣き喚いて医師に延命を懇願するのであろうか.急性発症の病気や事故の救命ならともかくも末期の死を待つのみのがん患者であれば,静かで安楽な死を迎えさせることこそが医師の務めであろう.
ならば「本人や家族の同意を得ていれば、蘇生を必ずしも行う必要がない」ではなく「本人や家族の希望と同意がある場合にのみ蘇生を試みる必要がある」が本来の医療の姿なのではないだろうか.
もうひとつ忘れてならないのは経済的側面である.蘇生措置を行うと黙って見送るよりもはるかに病院にとっては経済効果が高いということである.蘇生してもまもなく死亡するのがわかっていながら高価な薬品を使用し人工呼吸器を装着したあげくにICUに入れるなど死へ旅立つ者から身ぐるみを剥ぐような行為のような気がする.病院経営者には喜ばれるだろうが,これが医師の仕事であろうか.
まだまだ議論を尽くす必要があると思うが,とりあえずがん以外の病気についても延命治療の具体的手順を示した指針ができることには概ね賛成の立場である.
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