『--中山文科相、また「自虐的」と発言--
中山成彬文部科学相は29日、宮崎県都城市であった自身の大臣就任祝賀会で、歴史教科書について再び「自虐的な教科書がいっぱいある」などと発言した。同相は昨年11月にも、歴史教科書の記述は「極めて自虐的」などと発言し、韓国メディアなどからの批判を受けて発言を修正したばかり。同様趣旨の発言は、再び内外の論議を呼びそうだ。
中山文科相は、あいさつの中で、自民党が公明党との調整がつかずに今国会提出を断念した教育基本法改正案について「私としては『愛国心』という言葉でまとめ、改正したい」との考えを示した。そのうえで、歴史教科書に触れて「自虐的な教科書がいっぱいある。日本が悪いことばかりしたという教科書がある」などと述べた。
同相は昨年11月に大分県で行われたタウンミーティングで、歴史教科書について「自虐史観に立った教育だけはしてはいけない」などと発言。韓国メディアらの強い批判の後「個人的な立場で述べたが、教科書検定を実施する立場になった以上(発言は)控えるべきだった」と、発言を修正していた。
今回の発言に同相は「もう失言はしないようにしようと思っている。本当は失言したいんです。今日はマスコミはいるの? じゃあ、あまり(失言)しないように」とも述べた。』
政治家とか大臣と聞いて教養のあるというイメージを持つ人はどれくらいいるのであろうか.靖国神社もそうだが,歴史教科書についても愛国心の意味を履き違えて日本の戦争犯罪を客観的に省みることができないような人物が文部科学相ではわが国の教育の未来はお先真っ暗である.
これでは観衆がサッカー場で騒ぎを起こすような結果になった中国の排日教育となんら方向性が違わないのではないだろうか.もっとも,こういう発言をする政治家の提出する教育基本法改正案であれば反対するのにわかりやすくていいかもしれない.日本が過去に悪いことをしたのならそれを正確に伝えることが大切であって,過去にいいことをしたから愛国心を感じるというものでもないだろう.日本の中高生はすでに歴史教科書も現在の政治家も信じていないことに気づくべきである.
不適切な発言を指摘されたときには訂正して謝るが,また同じ過ちを繰り返して今度は開き直るというのでは,過去の日本どころか現在の日本の恥であろう.愛国心をいうのであれば世界から日本が物笑いにならないように発言や行動を慎むのが古来からの日本人の美徳というものであろう.
社会保険庁の国家公務員や警察官が国民の税金を着服したり,NHKの番組を検閲したり,大臣の不適切発言が外国のひんしゅくを買うようでは将来の歴史教科書も自分たちの都合のいいように書きかえなくてはならないことだろう.過去の事実を歪曲する暇があったらまず現在の自分から訂正しないといけないことに気づけるような適切な人物を大臣に選んでほしいものだ.
中山成彬文部科学相は29日、宮崎県都城市であった自身の大臣就任祝賀会で、歴史教科書について再び「自虐的な教科書がいっぱいある」などと発言した。同相は昨年11月にも、歴史教科書の記述は「極めて自虐的」などと発言し、韓国メディアなどからの批判を受けて発言を修正したばかり。同様趣旨の発言は、再び内外の論議を呼びそうだ。
中山文科相は、あいさつの中で、自民党が公明党との調整がつかずに今国会提出を断念した教育基本法改正案について「私としては『愛国心』という言葉でまとめ、改正したい」との考えを示した。そのうえで、歴史教科書に触れて「自虐的な教科書がいっぱいある。日本が悪いことばかりしたという教科書がある」などと述べた。
同相は昨年11月に大分県で行われたタウンミーティングで、歴史教科書について「自虐史観に立った教育だけはしてはいけない」などと発言。韓国メディアらの強い批判の後「個人的な立場で述べたが、教科書検定を実施する立場になった以上(発言は)控えるべきだった」と、発言を修正していた。
今回の発言に同相は「もう失言はしないようにしようと思っている。本当は失言したいんです。今日はマスコミはいるの? じゃあ、あまり(失言)しないように」とも述べた。』
政治家とか大臣と聞いて教養のあるというイメージを持つ人はどれくらいいるのであろうか.靖国神社もそうだが,歴史教科書についても愛国心の意味を履き違えて日本の戦争犯罪を客観的に省みることができないような人物が文部科学相ではわが国の教育の未来はお先真っ暗である.
これでは観衆がサッカー場で騒ぎを起こすような結果になった中国の排日教育となんら方向性が違わないのではないだろうか.もっとも,こういう発言をする政治家の提出する教育基本法改正案であれば反対するのにわかりやすくていいかもしれない.日本が過去に悪いことをしたのならそれを正確に伝えることが大切であって,過去にいいことをしたから愛国心を感じるというものでもないだろう.日本の中高生はすでに歴史教科書も現在の政治家も信じていないことに気づくべきである.
不適切な発言を指摘されたときには訂正して謝るが,また同じ過ちを繰り返して今度は開き直るというのでは,過去の日本どころか現在の日本の恥であろう.愛国心をいうのであれば世界から日本が物笑いにならないように発言や行動を慎むのが古来からの日本人の美徳というものであろう.
社会保険庁の国家公務員や警察官が国民の税金を着服したり,NHKの番組を検閲したり,大臣の不適切発言が外国のひんしゅくを買うようでは将来の歴史教科書も自分たちの都合のいいように書きかえなくてはならないことだろう.過去の事実を歪曲する暇があったらまず現在の自分から訂正しないといけないことに気づけるような適切な人物を大臣に選んでほしいものだ.
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