遺族の損害賠償?
2004年4月24日『岐阜県立多治見病院(多治見市)でがんの治療を受け死亡した女性が、点滴ミスや望んでもいない余命の告知で精神的苦痛を受けたなどとして、遺族が岐阜県に約2000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁の気賀沢耕一(きがさわ・こういち)裁判長は23日、病院の点滴ミスだけを認め同県に約50万円の支払いを命じた。判決理由で気賀沢裁判長は、余命の告知について「患者に正直に余命を知らせることは、医師の裁量の範囲内」として違法ではないと判断した。ただ「点滴ミスは専門家として初歩的ミスで、女性は夜も寝られないほど苦痛を受けた」と述べた。判決によると、女性は1997年2月に子宮がんのため同病院に入院。女性は5月に誤って胸に栄養剤2リットルを点滴され、呼吸困難に陥った。9月には、医師が家族に相談しないまま女性に余命を告げた。女性は転移した肺がんのため同年12月に死亡した。』
裁判するのは結構だが,死亡した患者の精神的苦痛を遺族が訴えるということの意味に疑問を感じた.本人が告知を希望するのかどうかを医師が家族に相談するというのも本来おかしな話だ.そんなことは本人に聞くべきだろう.
胸に栄養剤2リットルというのは中心静脈栄養のことだろうか?癌の末期に栄養点滴するのは少しでも生存期間を延長するという意味では治療なのだろうが,中心静脈栄養によるリスクも家族が納得できないなら医師は延命治療はやめるべきだろう.
往々にして家族が治療の妨げになることがあるということは一般の人には理解できないかもしれない.だが,医学的知識を持たないのに医学的に妥当な説明を聞いても納得しない家族は時に患者本人の利益にならないことを知るべきであろう.
悪性腫瘍末期や遷延性意識障害のある患者さんを診る機会が多々あるが,患者本人に告知できないために家族が治療を選択することになる場合が多い.だが,家族が理屈の通らない人たちであった場合,患者本人の意志はどこに反映されるのであろうか.
裁判で決着をつけても本人不在であれば何の意味もなさないのではないだろうか.
裁判するのは結構だが,死亡した患者の精神的苦痛を遺族が訴えるということの意味に疑問を感じた.本人が告知を希望するのかどうかを医師が家族に相談するというのも本来おかしな話だ.そんなことは本人に聞くべきだろう.
胸に栄養剤2リットルというのは中心静脈栄養のことだろうか?癌の末期に栄養点滴するのは少しでも生存期間を延長するという意味では治療なのだろうが,中心静脈栄養によるリスクも家族が納得できないなら医師は延命治療はやめるべきだろう.
往々にして家族が治療の妨げになることがあるということは一般の人には理解できないかもしれない.だが,医学的知識を持たないのに医学的に妥当な説明を聞いても納得しない家族は時に患者本人の利益にならないことを知るべきであろう.
悪性腫瘍末期や遷延性意識障害のある患者さんを診る機会が多々あるが,患者本人に告知できないために家族が治療を選択することになる場合が多い.だが,家族が理屈の通らない人たちであった場合,患者本人の意志はどこに反映されるのであろうか.
裁判で決着をつけても本人不在であれば何の意味もなさないのではないだろうか.
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